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わが子のような [刊んぼを守りたい!  苫米地ヤス子さん
 「あそこの嫁は変わってるって、そりゃあ、いわれたよ!」
 長年の農作業で日焼けした顔をほころばせ、苫米地さんは笑いました。さらりというその横顔
の深いしわに、孤独な戦いの日々が垣間見えるようです。
 「核の再処理って聞いて、難しいことはよくわからないけど、大切に育てた私のお米に放射能
が降ってくるイメージがわいたの。だから、やだなーって。でも最初はあきらめてた」
 苫米地さんは40歳まで保育士として勤務。アトピーやアレルギーで悩む子どもたちを見て、
安全な食べ物をと、退職後、無農薬農業を始めました。除草剤を使わず、夏は広大な田畑の
雑草を3回は取ります。「自分の宝物、子どもみたいな存在」というその大切な田んぼが汚染さ
れる不安がぬぐえず、ある日、国政選挙の集まりで、勇気を振り絞り声を上げました。
 「放射能のことが心配だあ」
 候補者からこう返ってきました。
 「ご心配ない」
 「たったひと言で片づけられたの。放射能って単語、このあたりで喋る人なんていない。心臓
バクバクで口から飛び出そうだったのに」
 意気消沈していたある日、村の合併問題を話し合う別の会合で、こう切り出す哘清悦さんを
知りました。
 「合併どころじゃないっ。六ケ所村のあの煙突、どーすんだ?」
 ああ、やっと放射能のことをいってくれる人がいた!と、胸が高鳴りました。それでも、反対の
声を上げるのは大変なこと。いやだ、いやだと思いながらも、中立の立場が続きます。そんな
苫米地さんに、ある人はいいました。
 「中立っていうのは、楽でいいよね。何にもしないで、ただ見てるだけなんだから。でもそれっ
て、結局賛成してるのと同じことなんだよね」。苫米地さんは、はっとしました。これを機に徐々
に反対の声を上げるようになったのです。
 いまでは、農協のエライさんにも、知事にも(やっとこさですが)訴えられるようになりました。
その原動力は、子どものようにかわいいお米を守りたいという、食べものをつくる人ならだれも
が思う、当たり前の願い。
 「嘘つきたくなかったから、お米を買ってくれるお客さまにアンケートを送ったの。正直に六ケ
所村のことを書いて、もし再処理工場が動きだしても、いままでどおりお米を買ってくれます
か?って。そしたらNOという人もいた。私が悪いんじゃないのに、私のお米を買ってもらえない
なんて、涙が出ました。悔しくて悲しくて。なんであんなもん建てたのかと」
 そのときのことを思うと、いまでも涙が出るといいます。
 「貧しいから青森に再処理工場がきたという人もいるよ。でも”貧しい”の視点が違うんじゃな
いかな。きれいな空気と十和田のおいしい水で、豊かに米や野菜が実る。これさえあれば生き
ていけるのに、なしてあんなもん必要?”豊か”の意味が違うのにね」
 たくましく見える苫米地さんですが、田のあぜ道を歩きながらつぶやいたのは、こんな言葉で
した。
 「田んぼや畑がしょえる(背負える)もんなら、孫連れて田んぼしょって、とっくに逃げてるよ…
…」

青森県十和田市在住。3人の孫がいる。
「中立ってのは賛成と同じ。楽だけど反対といわず、行動もせず、原燃のやること見てるだけな
ら賛成と同じ」と映画でも語る苫米地さん

うるち米ともち米でつくった苫米地さんお手製のお大福。
にぎりこぶしほどもあり、もちもちふわふわ(左)。
注文予約制の苫米地さんの有機米「天手子米」

「賛成」派が大多数という現実
 六ヶ所村では、賛成派が多数というのが現実。現地に通った映画『六ヶ所村ラプソディー』・監
督の鎌仲さんは「賛成派のなかにもグラデーションがある」と表現します。
 限りなく反対だけど生活のためにしかたがないと思っている人から、繰り返し使えるプルトニ
ウムに未来を託す超推進派まで。
 哘さん、苫米地さんは「住民は、前者がほとんどでは」と、口をそろえます。
 「反対したくとも親類縁者に原子力産業関係者がいて、さしさわりがあるからです」。
 こういった現実が、『六ヶ所村ラソディー』には淡々と描かれています。


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